25年間摂食障害に悩まれたアン先生【味噌がきっかけで克服】
- 2023/03/30
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2023年3月9日、福岡で全国味噌青年部会で勉強会がございました。
北九州市立大学の准教授であるアン・クレシーニ先生の講演をお聞きいたしました。
アン先生はアメリカで生まれました。
摂食障害になってしまった学生時代
学生時代はバスケットボールに励み、アン先生の当時の夢はバスケットボール選手でした。
バスケットがもっとうまくなりたいと、数ヶ月で20キロの減量に成功したものの、以降25年間、摂食障害で苦しむことになります。
大学一年の時には、「潰瘍性大腸炎」(かいようせい)と診断される。
摂食障害の当時は「食べ物は敵」
という考えが抜けなかったとおっしゃっておりました。

初来日 – 結婚
1997年9月、婚約者の仕事の関係で共に日本に渡りました。翌年、ご結婚。
日本の習慣や食文化に馴染めず、布団の中で泣き暮らす日々であったそうです。
2003年、北九州市立大学の国際環境工学部語学教師。
2005年、日本語能力試験1級に合格。
半額総菜弁当のスペシャリストのアン先生
アン先生は「私は半額総菜弁当のスペシャリスト」だとおっしゃっておりました。
摂食障害を克服する前は、みそ汁は一度も作った事がなく、いつもインスタント食品。
近くのスーパーで何時から半額のシールが貼られるか熟知しております。
いつも半額弁当をご購入されるので、半額シール貼りの出待ちの方と仲良くなったそうです。

摂食障害の克服は親友のマキコのおかげ
アン先生にはマキコさんという京都出身の親友のお方がいらっしゃいます。
25年間摂食障害に悩み、苦しんでいるアン先生のため
マキコさんは「日本食、自炊の和食」をすすめます。
ここで生まれて初めてインスタントではない、自炊のお味噌汁を飲みました。
「あ、味が全然違う😲」
アン先生は、自分で作ったお味噌の味にびっくりされました。

ここから「食べ物との関係が変わった」
食べ物を大事にする日本の食文化に影響を受け、大嫌いだった魚を含めて何でもたべられるようになり、25年間闘病してきた摂食障害をついに克服するに至ります。
今では「食べ物に二度と支配されない」と思えるまでに回復しました。
初めての味噌作り
自らの食生活の軸を日本食へ移行させる過程で、中心的な役割を果たしたのが「味噌」であった。

偏食がちで、大腸に持病があることから、味噌を自らの手で作ってみることを親友から提案される。
味噌を手作りすることにより、自分の手の常在菌が材料に混ざり、自分の体に合った味噌を摂取することができるようになった。
その結果、長年患ってきた「潰瘍性大腸炎」の症状が軽減し、健康状態が目に見えて回復しました。
アン先生のYouTube↓
アン先生のすべらない話
アン先生が婚約者の方と初来日して引越しをしました。
近所の方に日本人らしく挨拶しようと洗剤を買い込み、「つまらないものですが」という文章を一生懸命、練習しました。

そして満を持して近所の方にご挨拶をいたします。
ドアをノックして「こんにちは」と言うと
近所の方から
「だれですか❓」
と言われ、想定外の質問に慌ててしまう😲
「隣に住む者です」いう日本語が分からず、アン先生はパニックになってしまいます。
つい出た言葉が
「ガイジンです」

アン先生の頭の中、近所の方の頭の中、どちらも
クエスチョンマークが出ていました(?_?)